イタリア映画はいかが? ― 2019/08/04
イタリアネタで今回も引っ張ってみました。
イタリアを舞台にした映画には魅力的なものがいくつもあります。
知名度が一番高いのは「ローマの休日」ではないでしょうか。ご存知、オードリー・ヘプバーンがヨーロッパ某国のアン王女役をやった1953年製作のアメリカ映画。
著作権期間50年が切れているためなのか、今やYou tubeでも観ることができます。
スペイン広場の階段でジェラートを食べる場面は有名ですが、観光客が真似るためその後、この階段では飲食禁止になっているそうです。

今や観光客でラッシュ時の駅なみの混雑

ローマの街に抜け出したアン王女と偶然知り合った新聞記者ジョーの一日のデートを物語にした作品ですが、終盤のアン王女の記者会見のシーンがおもしろいと思います。
「訪問した国々で一番印象に残った所は?」と聞かれ、ローマと言いたいところだが…と戸惑うシーンや、王女と新聞記者の立場となったジョーが公的な内容に置き換えて私的会話にしているシーンとか。
ジョーの友人のカメラマンも脇役でいい味出しています。
この映画でローマ市内の名だたる観光地が世界的に広く知られることになったとのこと。
次に紹介するのはヘプバーン主演の映画「旅情」、同じヘプバーンでもこちらはキャサリン・ヘプバーン。イギリス・アメリカの合作映画です。

アラフォの独身キャリアガールのアメリカ人ジェーンが長期休暇を取ってヨーロッパ旅行で訪れたベネチア。そこで出会ったイタリア人男性レナードと恋に落ちる、というストーリーです。
1955年製作でこれも古い映画です。ストーリー展開はちょっと退屈かな。派手でおもしろい展開があるわけではないですが、ノスタルジックな雰囲気があります。
ベネチアの風景と音楽がいい。
レナードがジェーンをくどくシーン。
「ステーキがなければパスタ(スパゲッティかラザニアと言っていたかも?)でもそこにあるものを我慢して食べたほうがいい」
という意味のことを言っていた。食に例えるのか…
次の映画はイタリア人監督による純イタリア映画「イルポスティーノ」、1994年製作。
祖国チリから亡命してきた詩人パブロ・ネルーダがイタリアのとある小島に住むことになります。郵便配達人のマリオは郵便物をパブロの家に届けるようになり、二人の間に友情が芽生え、詩や文学、芸術を教わるようになるというストーリー。

マリオがパブロに隠喩を教わるシーンがあります。
マリオ「隠喩?」
パブロ「何か話すとき、他のものにたとえることだ」
マ「例えば?」
パ「空が泣く。君はどう思う?」
そして、マリオは一目ぼれした島の娘ベアトリーチェに隠喩を使った詩でラブレターを書きます。
あの男のどこがよかったの?とおばに聞かれたベアトリーチェは「隠喩」と答える。
「言葉」と「音」がアクセントになっている、セリフのやり取りがおもしろい大人の映画です。
映画に出てくる居酒屋兼食堂はナポリ沖のプロチダ島というところがロケ地として使われました。今でもレストランとして営業しています。

中にこんな展示も

次の映画もイタリア人監督のイタリア映画。これは笑って泣けて感動できる映画です。音楽も場面、場面を盛り上げいていい感じ。
「ニューシネマパラダイス」、1988年公開の映画。

シチリア島が舞台です。故郷を出て30年、ローマで映画監督として成功を収めたサルバトーレ(愛称トト)はアルフレードが死んだことを知らされシチリア島に帰ってくる。
この場面で始まり、さかのぼって第二次大戦直後のトトの幼児期から物語は始まります。
アルフレードは村に唯一ある映画館の映写技師で、幼いトトはその映画館に遊びに行くうちにアルフレードと友人関係になり、映画にも魅了されていきます。
村では映画が唯一の娯楽で、物語はこの「ニューシネマパラダイス座(Nuovo Cinema Paradiso)」と言う映画館を中心に二人のやり取りやトトの恋愛などを交えながら展開していきます。
実はこの映画、劇場公開版より40分ほど長い完全版があります。完全版は劇場版の後日談が続いていて、劇場版でわからなかった部分が明らかになります。
(ネットのWikipediaを先に読むとネタばれしてしまうので読まない方がいい)
印象深いシーンにアルフレードが青年になったトトにおとぎ話をする場面があります。
こんな内容でした。
昔、王様がパーティーを開き、国中の美女が集まった。
警備に立った兵士がその中から王女を見てその美しさに一目ぼれする。
兵士と王女ではかなわぬ恋、どうしようもない。それでもあきらめきれず兵士は
「王女様なしでは生きていけぬ」と告白をする。
彼の思いに心を打たれた王女は言った。
「もし100日の間、私のバルコニーの下で昼も夜もずっと待っていてくれたらあなたのものになりましょう」と。
それを聞き、兵士はバルコニーの下に行った。
2日、10日、20日が経った。雨が降っても風が吹いても兵士はバルコニーの下から動かない。
王女は毎晩窓からその姿を確認した。こうして90日が過ぎ、兵士は痩せこけ涙も抑える力もなくなっていた。
そして99日目の夜…兵士は立ち上がって去って行った。
この話を聞いたトトは「なぜ最後の日に?」と問いかける。アルフレードは「分かったら教えてくれ」というだけであった。自分で考えよ、と言いたかったのかな。
ちなみにアルフレード役の俳優は先に紹介した「イルポスティーノ」のパブロ・ネルーダ役もやっています。
監督はジュゼッペ・トルナトーレというイタリア人です。この人、シチリア島出身でその後、2000年に同じくシチリア島を舞台にした「マレーナ」という映画を撮っています。

これも舞台は第二次大戦下のシチリア島。少年レナートは年上のマレーナに夢中であった。マレーナはその美貌で町中の男たちの羨望の的だったが、夫が戦場で亡くなり、マレーナは未亡人になってしまう。
思春期の少年の葛藤を、また同時に少年の目から見たマレーナの変化していく運命を描いた作品です。マレーナ役のモニカ・ベルッチはこの映画で一躍ブレーク、確かに美人です。
1997年製作のイタリア映画「ライフイズビューティフル」は監督・脚本・主演も兼ねたロベルト・ベニーニの作品で、アカデミー主演男優賞も受賞しました。
第二次大戦下のユダヤ系イタリア人家族の強制収容所での生活ややり取りをコメディ仕立てにしています。これも感動できます。

私のイチ押しは「ニューシネマパラダイス」ですね。
外出もためらう猛暑の今夏、クーラーの効いた部屋でゆっくり映画を観るのもいいものですよ。
ばってんT村でした。
よっこいしょとどっこらしょ ― 2019/08/16
暑い日が続きますね。
ちょっと笑えるエッセイを読んだので抜粋して紹介します。
念のため、引用元は書いておきます。
一つ目は週刊新潮2019年8月8日号の五木寛之さんの「生き抜くヒント」というシリーズもののエッセイから。
講演で適当な話をすると、決まって批判の手紙が来る。「気になった点があったのでご指摘させていただきます」と書き出しは穏やかだが、どうでもいい内容が多い。
……
「講演の中で“楊枝の先でつっつくような”いう表現をされていたが、これは作家として恥ずべき誤りである。正しくは”楊枝の先でほじくるような“と言うべきだろう」
そして語源から使用例にいたるまで便せん数十枚にわたってご教授くださったりするのである。
………
そのくらいは先刻承知である。言葉は生き物で、最近はNHKでも「楊枝の先でつっつく」と言っているので、つい安易に使ってしまったのが失敗だった。
…………
「どっこいしょ」と言って老人が立ちあがった、と書いたら、「どっこいしょ」は座るときに発声する言葉、立ちあがるときは「よっこらしょ」が正しい、というお叱りを受けた時もあった。
高齢の方々がゲートボールをしているところに居合わせたが、厳密に使い分けている人はいなかった。だからそんなことはどっちでもいいのではないかと思う。
時には反論を書いて送ろうか、と思うこともあるが、長い議論になりそうなのでやめた。
……
という内容。
本文ではこのあとに講演の話題が続くのですが、この部分を読んで一人で手を打って笑ってしまいました。
文字通り、投稿者の「重箱の隅をつっつく」ような指摘ですね。
二つ目は同じく週刊新潮の8月8日号の里見清一さんという医師の「医の中の蛙」というこれもシリーズもののエッセイ。
神戸市須磨区に、余命宣告を受けた末期患者とその家族を受け入れ、希望に沿った最終医療や看護などを提供する「看取りの家」という施設が計画された。
ところがそれを聞いた住民の猛反対にあって計画が頓挫してしまった。反対理由が「住宅地に死を持ち込むな」ということだった。
……以下略
この後に著者が持論や体験例を述べるのですが、死とは避けられないもの、目を背けることは人命を軽視していることだ…と続きます。
そして最後に書かれていたのが、
ローマの墓碑銘にこのような文句があるそうだ。
「我は汝がいずれなるであろうところのものにして、かつては汝が今かくあるところのものなりき」
つまり「私も昔は今の君のように生きていた、君もいずれ今の私のように死ぬだろう」という意味。
それでピンとこない方のために故・池田晶子さんの意訳を記しておく。
「次はお前だ」
エッセイの内容は重い課題だったのですが、最後の一文で膝を打って笑ってしまいました。(池田晶子さんは文筆家・哲学者)
そして私がこのエッセイを読んで思い浮かんだのは「いつか来た道いつか行く道」
ことわざか慣用句(言い方はさまざまあるらしい)の「子供叱るな、いつか来た道。年寄り笑うな、いつか行く道」がオリジナルですが、これは人間が陥りがちな行いを諭したものですね。
「いつか行く道」の入り口付近に来た私としては、お盆休みにいろいろと考えさせられるエッセイでした。

偶然ですが、帰省先でこのブログを書いていた最中の事。実家には年老いた母がいるのですが、すぐ横で立ちあがるとき、
「よいしょどっこいしょ!」という掛け声を発していました。
ダブルで使えば勢いが倍になるのかも…
ばってんT村でした。
おとなの童話 ― 2019/08/31
NHKの「チコちゃんに叱られる!」を観られている人ならご存知かもしれません、
数か月前に「なんで桃太郎は桃から生まれたの?」という出題がありました。
答えは「大人の忖度があったから」
実はオリジナル桃太郎の物語冒頭は「川で洗濯中のおばあさんが流れてきた桃を持って帰ってその桃を食べました。するとおばあさんが若返りました。それを見たおじいさんも桃を食べ若返ります。若返った二人の愛の結晶が桃太郎だった」
というもの。
明治時代になり、学校教育でこの桃太郎の話をそのまま教えるのはまずいのでは?となり、桃から生まれたという設定にしたということでした。
このように現在普及している子供向けの童話が原作とは異なっているケースは海外でも見られます。
あのグリム童話も原作は残虐で怖い内容のものがたくさんあります。
例えばディズニーアニメで有名な「シンデレラ」
シンデレラがお城で落とした靴。2人の姉が履いてもサイズが合わなかったとなっていますが、原作では母親が2人に足の一部を切り落とすよう命じて強引に合わせてしまうのです(流血するので当然、あとでばれることになる)
このように原作をお子様ランチに仕立てている例はたくさんあり、今年のディズニー映画の「アラジン」に代表されるアラビア物もそのひとつ。

原作はご存知、有名な「アラジンと魔法のランプ」ですね。ランプをこすって出てきた魔神が願い事をかなえるというもの。
この他にも「アリババと40人の盗賊」「シンドバットの冒険」などは子供の頃、絵本などで読んだ人も多かったでしょう。
これらの出典は「千夜一夜物語(英語名でアラビアンナイト)」からです(正確にはアラジン、アリババ、シンドバットの話は別の話としてあったものをアラビアンナイトに付け足した)
では千夜一夜物語(アラビアンナイト)とはどんな話なのか?
一言で言えば、イスラム世界の説話集です。ササン朝ペルシャ時代に、ペルシャ、インド、ギリシアなど各地の民話がアラビア語に翻訳され9世紀にその原型ができたといわれています。
ササン朝ペルシャは現在のイラン、イラク、シリア付近に相当します。
この千夜一夜物語のあらすじは…
ササン朝ペルシャ時代、シャフリールという王様がいました。ある時、妻の不貞を知った王は妻と相手の奴隷たちの首をはねて殺します。
女性不信に陥った王は、毎夜、生娘を街から連れてこさせ一夜の夜伽をさせた後、翌朝にはその首をはねました。
(夜伽「よとぎ」の意味が分からない方はネットで検索してくださいね)
そのうち、街には若い女性はいなくなり、側近の大臣は困り果てます。するとその大臣の娘シャーラザッド(訳によってはシェヘラザードとも)が名乗り出ました。
身代わりとなって王に嫁ぎ、王の行為を止めさせようという考えだったのです。シャーラザッドは幼いころから年代記や伝説に精通し、詩・哲学・科学・芸術などを究めつくしていました。聡明な女性だったのです。
そして、嫁いだ後シャーラザッドは毎夜、命がけで面白く興味深い話を王に語るのでした。殺されないために、話が佳境に入ったら「続きはまた明日」あるいは「明日はもっとおもしろい話がございます」と言って終わるのです。
続きが聞きたい王は、シャーラザッドを殺さず生かしておいて、それがとうとう千と一夜にも及び王の悪習を止めさせたという物語です。
千夜一夜物語の中でシャーラザッドは何百という物語を語るわけですが、その物語の中でまた物語が、さらにまた挿話が…というように話がマトリョーシカ状態になっているものが多いのが特徴です。

また、王に聞かせる話ですから内容は当然お子様ランチではなく、残忍な場面やエロチックで淫らな場面がちりばめられています。魔神、魔女神もよく出てきます。
必ず出てくるのが美男美女とちょっとまぬけな男。オチがあるところなど日本の落語に似たような話や教訓めいた話もあります。
「やってはいけませんよ」と言われた禁を破って大事なものを失ったりひどい目にあったりする話などは「鶴の恩返し」「浦島太郎」などを思い起こさせます。
話の一例をあげましょう。
シャーラザッドが語る中に、宰相が王様に女性の狡知さや賢明さを示す挿話があります。概要はこんな内容です。
今は昔、絶大な権力を持った君主がいましたが、この王は好色家でもありました。ある日、散策のおりに一人の美女を目にします。
家来に聞くと、ある大臣の妻であることがわかり、王はその大臣を遠いところに使いにやり留守の間に大臣宅を訪ねたのでした。
突然の訪問に大臣の妻は王にその理由を聞きます。王は「そなたが愛おしく思いをとげたいためにここへ出向いた」ということを告げます。
それを聞いた大臣の妻は「わたくしなぞ王様の召使の側女になる値打ちなどございません。」とやんわりかわすが王は聞く耳を持ちません。
大臣の妻は「わかりました。では今日一日ここに逗留くださいませ。ごちそうの準備もいたします」と言い料理のしたくをします。
しばらくすると、王様の前には色とりどりの料理が90皿ほど並びました。王様は一口ずつ各皿からつまんで食べましたが、なんとみな同じ味なのです。
「種類は多いが味が皆同じではないか。どういうことだ?」という王様に向かって大臣の妻は答えました。
「王様の御殿には色とりどりの側女が90人ほどもいらっしゃるでしょう。でも味は皆同じではありませんか?」
さらにもう一皿私を足しても同じですよ、とたとえて言おうとしていたのです。
それを悟った王は恥じ入って、大臣の妻を責めることもなくそのまま帰っていきましたとさ。
千夜一夜物語ができたのが日本だと平安時代に相当する千年以上前のことですから、時代が違うということや文化、習慣が違うイスラム圏であることから別世界の話だと思って読みましょう。
黒人奴隷や女性奴隷が商品のように売買されたり、権力者が多数の側女や宦官を従えたり、むち打ち刑や盗みを働くと手を切り落とされていた時代の話です。
(宦官「かんがん」がわからない方はネットで検索してくださいね)
ひとつだけ不思議なのは物語の中ではしょっちゅう酒宴の場面が出てくるのです。イスラム教徒は禁酒のはずでは?と私は思いました。
実はコーランには豚肉と違い、飲酒は絶対ダメとは書いていないのです。飲酒は善悪あり、とか酒と賭博は身を亡ぼすぞ、というような警告の書かれた章はあるらしいです。
この千夜一夜物語を読むのに手助けとなる解説本があります。「アラビアンナイトを楽しむために」という本。とっくに廃版になっているのでアマゾンで中古本を購入しました。

物語の要点やおもしろエピソードなどが書かれていて、こちらを先に読んでおくと背景がわかってより千夜一夜物語が楽しめます。
続きが読みたくなるのは、アメリカドラマのシーズン物といっしょですね。まさに大人向けの童話というところです。
ばってんT村でした。
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