★オリーブホームページはこちらからどうぞ!

日本人のおなまえ(ついでに食べ物も)2022/01/08

 NHKで「日本人のおなまえ」という番組があります。
 これは日本人の名前や日本各地の地名の由来やエピソードなどを紹介する番組なのですが、けっこうおもしろいのです。
時々、レア名字の特集をやったりしています。

 私、趣味でサイクリングをやっているのですが、昨年11月あるできごとがきっかけで三重県津市から自転車で来た2人組の高校生と知り合ったのです。

 名前を聞くと一人は
「ハナクマと言います」そして自分の鼻を指さして、
「漢字で、顔にあるこの鼻と動物の熊で鼻熊と書きます。実は日本に10人くらいしかいない珍しい名字なんですよ」
と紹介してくれました。

 そして、もう一人の名前を聞いたら「カランバと言います」と自己紹介してくれました。
こっちの方がよっぽど珍しい名前じゃないのと思い「漢字でどう書くの?」と聞きました。

 「漢字はありません。カタカナで書きます。僕、フィリピン人なんです」と返ってきました。
そういうことか。しかし話し方や容姿から日本人にしか見えなかった。

 そして帰宅後、「鼻熊」さんは日本にたった10人ほどなんてホンマかいな、と思ってネットで検索してみると確かにその通りでした。
 三重県津市に集中しているので、たぶん彼の家族、親族のみではなかろうかと推測します。
10/1億2千万の確率の人に出会ったレアな体験でした。

次は人名ではないですが、飲食関係でちょっと気になった名前について。

 ご存じ、カフェラテはエスプレッソコーヒーにミルクを入れた飲み物で、これはcaffe(コーヒー)とlatte(牛乳)というイタリア語を合体させた名称です。
 このカフェラテのラテ(牛乳)の代わりに豆乳を入れたものをソイラテと命名しているのが一般的でよく見かけます。

 でも、soy(ソイ)が大豆のことなので、ソイラテという名前だと豆乳+牛乳の意味になってしまうけどな、と思ったのです。
主役のカフェはどこに行ったのでしょう? 

 もう一つ、ガパオライス。
日本でも知名度が上がってこの料理名もよく見聞きします。お肉とバジルの炒め物をご飯に乗っけたタイ料理のことです。

  これは最近、昼食用に近所のスーパーで買ったガパオライス、日本で食べてもおいしい

  ガパオはタイ語で、バジルの意味です。だからガパオライスと言うと「バジルごはん」になります。名前にお肉の姿はなく、これまた肉はどこに行った?

  さらに発音上も「ガパオ」は正確ではありません。タイ語にGの音はないのでガという発音はないのです。
 タイ語の発音に近い日本語は「カプラォ」、これが「カパオ」とも聞こえます。

 ガパオライスには思い出があり、タイへ行ったときこの料理名がわからず写真付きメニューのある店か指さしで注文できるフードコートで食べていました。
 安くておいしいので、どこでも注文できるよう料理名を憶えようと「これ、名前は何ですか?」と聞いたことがありました。

 記憶力がないので忘れるたびに繰り返し聞いたのですが、その言葉の中に「カパオ」という発音が聞こえたので印象に残ったのです。
 もちろんタイ語の料理名には「ライス」のような英語はなく、豚とか鶏とか肉の名前が付きます。

 ちなみに私がタイ文字を憶えようと思ったのは、メニューの料理名が読めるようになりたいというのが動機でした。
 おいしいお店はもっぱら地元の人が行くようなところで、現地語しかメニューがないのが普通だからです。

    これが読めたら食の世界が広がる(ってオーバーな)、
    ローカル食堂の入口にあるメニュー

 せっかくなのでガパオライスが出てきたついでに、タイ文字の構成を一部紹介しましょう。

 タイ文字は日本語のローマ字表記やハングル文字のように(子音+母音)の組み合わせになります。
ガパオ(タイ語に近い発音でカプラォ)はタイ語でこう書きます。
กะเพรา

 まず、どこが文字の切れ目かもわからないと思いますが一文字ごとに分けるとこうなります。
กะ と เพรา に分かれます。
กะ は กが k、ะ が a に相当、これで ka と発音。

เพรา  はちょっと複雑で、二重子音が二重母音に挟まれた形になっています。
真ん中二つの พร が二重子音で พ が ph、ร が r に相当し合わせるとphr 。
両端 เ  า の部分が二重母音 aoに相当、
これらを合わせるとphraoとなります。

kaとphraoの二文字をくっつけると、発音は  kaphraoとなります。
p のあとに h が入っていますが、これは発音する時に息を吐きだす、という意味。
タイ文字には息を吐きださないpもあります。これは k も同様で ก は息を吐き出しません。
 タイ語はさらに声調もあり発音は難しい言語だと思います。

  以上、さぞかし知っているように書いていますが、もうほとんど読み方を忘れていて、ちょっと調べました。

  でも、このように自分が外国語を勉強(私の場合は趣味に近いですが)やっていると、日本語を勉強している外国人のたいへんさがよくわかります。
ばってんT村でした。

こんな本読んでいます2021/12/26

 分野にこだわらず面白そうと思った本を読むのが趣味なのですが、ほぼ図書館から借りています。

 最近読んでいるのは、ヤマザキマリさんの「プリニウス」
あの「テルマエ・ロマエ」の作者です。


 プリニウスは紀元1世紀のローマ帝国の博物学者で、自然界を網羅する百科全書「博物誌」を書いた実在だった人。時代はあの暴君の皇帝ネロの頃です。

  ストーリー概要は


     プリニウス

    口述筆記係のエウクレス、彼はギリシア人


     皇帝をあやつる女あり





    2,000年前のローマ人も闊歩していたポンペイの石畳


現在も継続して発刊中です。

 さらに並行して読んでいるのが「きのう何食べた?」 
これもマンガですが、図書館ではなく妻から借りて読んでいる本。
同居している弁護士と美容師のゲイカップルが主人公で、日々の出来事を描いている。


 一話完結ものですが、毎回レシピと共に調理シーンが出てくるのが特徴。料理もストーリーと関連したものになっている。料理の描写がいいです。





 過去にテレビドラマ化されましたが、ストーリーがマンガどおりで俳優をマンガのキャラクターに外観も含め似せているのもおもしろい。

 連載開始は2007年ですが、連載を重ねるのと合わせて登場人物が歳をとっていくのもストーリーの特徴です。

 マンガばかりではなく、こんなものも今読んでいます。



 観光で寺社、教会やモスク、美術館など訪れることがありましたが、対象物の意味を知って観るとより興味がわき、おもしろいのではないかと思い、拾い読みしています。




例えば仏像の部位の名称とその由来や意味


 アフロヘアのような螺髪(らはつ)、これはインド人の縮れ髪やガンダーラ地方のギリシア系住民のウェーブがかかった髪がこのような造形になったそうです。

 アフロが過ぎる京都、光明寺の阿弥陀仏


 例えば宗教画の登場人物は誰なのか


 例えばイスラム教徒のメッカ巡礼の手順

なかなか勉強になります。

 以上、脈絡のない読書形態ですが、知るということはいくつになっても楽しいものです。
ばってんT村でした。では、よいお年を。

懐かしの日本家屋2021/12/18

 木造建築物に懐かしさを感じるのは懐古の情だけではなく、昭和世代で生まれ育った環境でなじみがあるからだと思います。

 故郷の実家は大工だった母方の祖父と叔父が建てたものです。
小さい頃、目の前で徐々に木々の一本一本が組み立てられて家の形になっていく過程を珍し気に眺めていた記憶があります。

 両親の祖父母の家は土間にかまどがあって薪で煮炊きしていた時代、そういえば火鉢もありました。
小学校の校舎も田舎の国鉄(今のJR)の駅舎も木造の時代でした。

 と言うようなことを思い出したのは、前回のブログで話題にした落語の会場が、歴史ある木造建築の屋敷内だったからです。
 滋賀県守山市赤野井町の大庄屋諏訪家(おおじょうやすわけ)屋敷というところで、近くにありながら存在を初めて知りました。

 土間にパイプ椅子を並べ、座敷に高座をつくって会場とされていました。
ここは一般公開されているので屋敷や庭の見学ができます。

日本遺産の看板にあった説明の冒頭をそのまま書くと
「近世に大庄屋として活躍した諏訪家の屋敷。古くから琵琶湖に向かう水路網が発達しており、屋敷内には舟入が残り、水運盛んな往時の姿を今にとどめています。」
諏訪家という名から信州がルーツだったとの説もあります。

 屋根は葦(よし)葺きとスタッフの方が言われていました。琵琶湖を抱える滋賀県らしい。

 琵琶湖から川を伝って舟で茶室下へ。今は水路の跡だけだが、ここに舟が着いていた。

 茶室 大津の円満院から移設された江戸時代のものとされる


 場所は変わって、紅葉シーズンに見学に行ってきたのが京都の下賀茂神社近くにある旧三井家下鴨別邸です。
 豪商で財閥だった三井家の別邸で、期間限定で2階、3階が特別公開されていました。

 元々、明治13年に木屋町に建てられた主屋が移築され、玄関棟はこの敷地内に増設されたものです。
この屋敷が見どころ満載で、まず広くて迷子になりそうでした。

 右側の丸窓がある建屋は茶室、幕末以前から元々この敷地内にあったもの

 屋敷と茶室の間の渡り廊下の天井、木材を反らせている

 庭に面した広間、冬にこんなところで日向ぼっこしながら昼寝したら気持ちよさそう

 金を施した釘隠し


 2階から3階へ上がる階段の入口にある蛇腹の戸。L字に曲がるので開けたときは側面に収納されます。

3階、左に比叡山を望む


 3階は四方に窓があり眺望を妨げる雨戸の戸袋がありありません。雨戸は窓の下からせり上がってくる構造になっていました。

スタッフの方が実演すると、見学者から「オォ~」という感心の声。

庭も併せて、2時間近くもウロウロと見学しました。

 そしてつい最近、観に行ったのが日野にある鎌掛(かいがけ)小学校。
ここは、当時の姿をそのままとどめています。言い換えると、朽ちるがままになっているということです。


 到着して校舎の中に入ると、奥から「寒かったでしょう、職員室に入りませんか?」とスタッフの方が出てこられました。
職員室がスタッフ控室になっていました。

 いろいろお話しを聞くことができたのですが、学校は2001年まで使われていたそうです。
予算がなく、補修などができないとも。

 映画やテレビドラマのロケハン隊もよく来るそうで、パンフレットを見るとここ数年でロケに使われた映画、テレビドラマ、アニメの題名が書かれていました。

 まさしく昔の小学校ってこんなんだったな、と懐かしい思いに浸りながら見て回っていると時間が経つのを忘れていました。

    校長室、その奥に職員室





    教室


 スタッフさんの話も聞きつつ最後に思ったのは、もっと保存に力を入れ、存在をPRしないとそのうち老朽化して解体されてしまう、という心配です。

 我々訪問者ができるのは、入場料や寄付で貢献することでしょうか。見学に入場料は不要だったのですが、募金箱があったので、わずかながらの金額を寄付して校舎を後にしました。

日本家屋ウォッチングも楽しいものです、はってんT村でした。

その言葉、もう使われていませんよ2021/11/27

  久しぶりに生の落語を聴きに行きました。
本題に入る前の噺家の枕話もおもしろいのです。最初に客をグッと引き付ける演出でもあります。

 桂 二葉(かつら によう)という若い女性落語家のマクラが面白かった。彼女の修行時代のエピソードでした。

 稽古は、師匠が同じ噺を繰り返し3回やってくれて、それを聞いて憶えることになっていたそうです。口頭伝承のみでテキストも録音したものも使いません。

 その後、憶えた噺を師匠の前でやるのですが、彼女はある噺の中の「そんなもん」というセリフで「そんな」の次の「もん」がどうしても思い出せません。
 噺は一字一句同じでないとだめなのです。

 その箇所でつまっていると師匠から「日本語は50個くらいしかないんや。アから順番にゆうて思い出してみい」と言われたのです。

 そこで「そんなあ・・・」「そんない・・・」と順番にやっていると、先が長いと思ったのか師匠がたまらず「マ行や!」とヒントをくれた。
「そんなま・・・」と再び頭を巡らせていると、ついに辛抱しきれなくなった師匠が
「ほれ、うちの玄関の前にあるやろ、あれや」と両手で形を作りながら大ヒント。それを聞いて「あ~っ、ポスト!」 マ行じゃないっちゅうの。

 身につまされて笑ってしまったのは、私も人の名前が思い出せないと、ア行から順番ではないけど、心当たりのある行から言ってみるときがあるからです。

 さて、今年も流行語大賞ノミネートの30語が出てきましたね。
 昨年の大賞は「3密」でしたが、コロナ禍を反映して今年も「黙食」「人流」など関連用語がノミネートされています。
 中には本当流行った?と思うような言葉もあります。SDGsは最近よく聞きますが、NFTって何?

これら流行語は1年後にはほぼ使われなくなる運命なのですが、最近こんな本を読みました。


印象に残った用語を列記します。→以降が言い換え後

・はだ色 → うすだいだい、ペールオレンジ 
(人種問題的な観点から不適切となり変更された)
・盲点 → 気がつきにくい点 ・盲信 → 妄信 
(視覚障碍者への配慮から「盲」を使わない)

 これらはもちろん差別意識がない時代にできた言葉ですが、他にも片手落ち、めくら印、つんぼ桟敷などが個人的には思いつきます。
現代は、とにかく差別を連想させるような表現は避けよう、という傾向です。

他には
・できちゃった婚 → さずかり婚、おめでた婚  (イメージが良くないから)
・帰化 → 国籍を取得する (帰化とは「王の徳に帰服する」の意味だから) 帰化、まだ普通に使われていますが…
・フラダンス → フラ (Hulaはハワイ語でダンスの意味だから、重複表現になる) ご指摘ありがとう
・NHK教育テレビ → Eテレ(EducationalとEcologyをかけている。やっと意味がわかった)

 本には載っていないですが今や全くの死語、昭和世代だとご存じでしょう。
会社内用語と言うか、こんなのもありました。
・寿退社(ことぶきたいしゃ。女性が結婚を機に退職すること。男性では見たことなし)
・花金(はなきん、「花の金曜日」、1週間の仕事から解放される金曜日の喜びを表現。実感できるのは土日週休二日の会社限定ですが)

 アメリカでも同じようなTGIFという言葉があります。
Thanks God It's Fridayの頭文字を取ったものですが、「神様、感謝します。今日はうれしい金曜日」という意味。
これもずいぶん昔に知った言葉なので花金同様、すでに死語でしょう。

そういえば、「プレミアムフライデー」はいつ消えた?

 歴史や社会の教科書の中身も時代とともに変化しているようです。
・聖徳太子 → 厩戸王(生前の名前である、うまやどのおう、あるいはうまやとおう。「聖徳太子」は後世つけられた尊称)
・仁徳天皇陵 → 大仙陵(だいせんりょう)古墳(仁徳天皇の墓という断定ができないからって理由、今更…)
・大化の改新 → 乙巳(いつし)の変 (もうこれが載っている教科書で勉強した世代以降しかわからない)
・奥の細道 → おくのほそ道 (1996年、芭蕉直筆の原本が見つかり、それには「おくのほそ道」と書いてあった)

 人名、地名など変化が多く常にアップデートしておかないと何それ?ってなってしまいそうです。
間違って発音している外来語もあります。
例えばナルシスト、正確にはナルシシスト(つづりはnarcissist)
他にもたくさん紹介されています。目から鱗の本でした。

 冒頭に書いた二葉さんのもう一つの枕話。
今年のコロナ流行中に来た高齢者ファンからのLineに
「緊急事態宣言中、スイートホームでもうしばらく辛抱ですな」というのがあり「おしい、ちょっと違うんやけど…言いたいことはわかるわ」

ばってんT村でした。

ポンペイ2021/11/09

 10月のことでしたが阿蘇山が噴火したというニュースを見て、改めて日本は世界有数の火山国だということを再認識しました。

 さて、海外に目を向けると日本とよく似た火山国と言えばイタリアです。
近年もイタリアの各地で噴火が発生していますが、歴史上よく知られているのは古代都市ポンペイを埋没させた大噴火です。

 西暦79年、ヴェスヴィオ火山の大噴火でポンペイは都市ごとそっくり火砕流と火山灰で一夜で埋もれてしまいました。
 当時、ポンペイには20,000人が住んでいたといわれています。

●ポンペイはナポリの郊外にある。両都市の間にヴェスヴィオ火山がそびえている

●ナポリから望むヴェスヴィオ火山(左側に写る2つの山)
噴火前は富士山のような山頂を持つ山だったが、噴火で中央が吹き飛んでなくなり現在のようなふた山の形になった

 ポンペイ遺跡はナポリから電車で30分ほど、駅からは歩いてすぐのところにあります。数年前、私もナポリから電車で行きました。
 朝の車内はポンペイ遺跡目的の観光客でいっぱいでした。

 目的の駅で降りて、遺跡の入り口付近に到着すると一人の初老の男性が英語で話かけてきました。
「私がガイドするので、グループに合流しませんか?人数が集まったら出発します」と勧誘の言葉。

 彼のそばにはすでに数人の観光客が待っていました。さらに追加で2~3人増えたところでガイド料を前払いして出発です。
 歩きながら聞いてみたら、彼は大学の歴史の教授で依頼されてガイドをしている、と言っていました。

 ポンペイ遺跡は広大です。
ガイドに案内してもらう方がどこにどのような建造物があるかなど教えてくれて効率よく廻ることができます。


 この自称大学教授のガイドさんは遺跡に入って早々、道路の隅の細い管を指さして「これは当時の水道管です」などと解説してくれました。
 その時代、すでに現代のような蛇口をひねれば水が出るような水道設備はあったそうです。

 大浴場、売店、神殿、円形劇場などを巡りましたが、単独の遺跡や再現ものと違い、欠損はあるものの通りや建造物が都市ごとそっくり残されているので臨場感があります。
 まさにテルマエ・ロマエの世界だ~、と思ってしまいました。

「テルマエ・ロマエ」とはヤマザキマリ著のマンガです。実写版の映画化までされるほどヒットしました(配役が日本人というのもご愛敬)

 古代ローマ人は日本人同様、たいへん風呂好きの民族でした。
そのローマ帝国の浴場設計技師ルシウスが現代日本にタイムスリップしてしまう。
日本の銭湯など風呂文化から浴場設計のヒントを得て古代ローマに戻り活躍するというストーリー。

●道路は車道と歩道に分かれていてその両側に建物が整然と並ぶ
車道に一段高く飛び石がいくつか並べてあるのは横断歩道、飛び石にしているのは馬車の車輪を通すための隙間を確保するため


●ちゃっかり遺跡の空洞にはレストランや売店が入っている


●円形劇場


●公衆浴場の内部


●残された壁画。火山灰に覆われていたため良好な保存状態だったと言われている


 さらにリアルさを強調するのが死者の石膏です。
火砕流に飲み込まれて一瞬で死亡した住民の遺体が長い年月を経て腐敗、分解され消滅、そこだけが人型になって空洞になってしまっているのです。

●発掘後、その空洞に石膏を流し込んで固めたものがこの人体の正体、ミイラではない


 ポンペイの発掘は今も続けられていて、今年も馬車が発見されたなどニュースになっていました。
 このような遺跡を巡るのもおもしろいものです。
ばってんT村でした。

ONODA2021/10/24

 最近、久しぶりに映画館で映画を見ました。
浜大津アーカス内にある大津アレックスシネマで上映されている「ONODA 一万夜を越えて」


 フランス人監督の作品でフランス、ドイツ、ベルギー、イタリア、日本との合作映画です。
旧陸軍少佐の小野田寛郎(おのだひろお)さん、年配の方なら聞き覚えのある名前だと思います。

 小野田さんは戦時中、フィリピンのルバング島に派遣されますが、アメリカ軍の攻撃を受け山間部に逃げ込みます。
その密林の中で1945年終戦を迎えるのですが、終戦に懐疑的な小野田さん他数名の兵士は投降せず情報収集のため潜伏し続けるのです。
仲間は次々亡くなり29年後の1974年、最後の一人となった小野田さんが発見され帰国に至りました。

ジャングルの中で約30年、一万日を描いたのがこの映画です。

 1974年当時、私は中学生でテレビニュースでこの帰国時のインタビューなどを見たのですが、いや~衝撃的な事実でしたね。
(小野田さん帰国の2年前の1972年、同じく残留兵士としてグアム島で発見された横井庄一さんが最初なのですが印象としては小野田さんの方が強く残っています)

 小野田さんは捜索隊が置いていった日本の新聞や雑誌から日本の状況はかなりわかっていたらしいのです(しかし捜索隊は自分をおびき出すためのアメリカの策略と思い込んでいた)

 それと映画で初めて知ったのですが、小野田さんに初めて接触できたのは捜索隊ではなく、世界中を旅していたバックパッカーの若者だったというから意外です。
彼がツーショット写真を証拠として撮って帰国し関係者を動かしたのです。

 映画は投降までの30年を淡々と描いて終わります。投降時、小野田さんは51歳となっていました。
 これをもしアメリカのハリウッド映画で製作していたら、多分帰国時の実写を交えたり、後日談まで入れていたでしょうね。

 小野田さんは帰国後、結婚されブラジルに渡り牧場経営で成功を収められていました。
2014年、91歳で死去されています。

 話変わって。最近には珍しくこの映画は上映時間が3時間もあるのです。
それで思い出したのが過去に見た映画で長尺もの。次の二つが印象に残っています。
 どちらも映画館で見ると、途中で休憩が入るのです。確か画面に「intermission」って表示されたような記憶があります。

一つは「サウンドオブミュージック」 174分
本人の自伝を基にしたミュージカルを映画化したものです。



 もう一つは「アラビアのロレンス」 216分
 これも実在の人物を主人公にした史実を基にした映画。実はこの映画、女性がまったく出てこないんです。
ロレンス役の若いピーター・オトゥール、男前でしたな。



 蛇足ですが、その30年後くらい後か、中年になったピーター・オトゥールが長崎のハウステンボスのテレビCMに出ていたんです。
 なんでこんなところに、って思いましたが、外国の映画俳優をCMに競って起用する時期がありました。

 読書に映画、コロナ禍のこの時期、一人で楽しめる趣味を持っておいてよかった、とつくづく思います。
今や映画も映画館へ行かずともネット配信で見れますしね。ただし、あの大画面と音量にはかないません。

ばってんT村でした。

出島とヒロイン2021/10/10

 江戸時代、鎖国政策の下、唯一海外に門戸を開いていた長崎。
ここに江戸幕府が造成した人工の島、1636年に完成した出島で貿易や人々の交流が行われていました。

 出島は明治になり埋め立てられたのですが、その後長崎市が復元します。
 ここを訪れると、ちょっとした江戸時代へのタイムスリップ気分が味わえます。
なかなかよく復元されていると思います。

グリーンに塗られた窓枠の建物にオランダ人が居住した




カピタン(オランダ貿易船の船長)の寝室


食事風景の再現ミニチュア

クリスマス時の祝宴テーブルの再現


蘭学テキストのレプリカ、蘭日辞典かな


 さて話変わって、この長崎を舞台にしたヒロインの物語が2つあります。
一つは実話、一つはフィクションです。

 実話の方はお滝とその娘イネ。
出島に赴任していたドイツ人医師シーボルト(オランダ人と偽って来日)は遊女の楠本滝との間にイネという娘を授かります。
 医療の傍ら日本の動植物や地形など日本研究もしていたシーボルトは、国外持ち出し禁止の日本地図や資料などを持ち出したことがばれて3年後に国外追放になってしまいます。

 その後、成長したイネは医者を志すようになりシーボルトの門下から医学を学び、日本の女医第一号になるのです。

ちなみにシーボルトは草津宿の本陣に宿泊した記録があるそうです。

 話は少し反れますが、現代から江戸末期にタイムスリップした医師の活躍を描いた「JIN-仁-」という漫画がありました。テレビドラマ化もされたのでご存じの方もいるでしょう。

 緒方洪庵や坂本竜馬など幕末の実在の人物も登場します。
仁がタイムスリップした先で知り合った武家の娘、咲が女医を志すようになるきっかけがこのイネとの出会いという設定になっています。

 一方、フィクションの方はイタリアオペラにもなった「蝶々夫人(マダムバタフライ)」
こちらの時代設定は明治。

 長崎に赴任したアメリカ海軍士官ピンカートンは蝶々さんと結婚します(いわゆる現地妻)
しかし結婚生活も束の間、彼はアメリカへ帰国してしまう。
 ひたすら彼の帰りを待つこと3年、ピンカートンはアメリカ人の妻を伴って再来日する。
子供を引き取りに来たことを悟った蝶々さんは悲しみのあまり自害する。
というストーリー 

 このオペラ内のアリア(劇中の肝になる独唱曲)の「ある晴れた日」は有名で聞き覚えのあるメロディだと思います。
 私がこのメロディを聞いたのは子供の頃、地元で長崎ちゃんぽん・皿うどんを作っている「みろくや」という会社のテレビCMの替え歌ででした。
これが有名なオペラのアリアだったことは後から知りました。

 こちらも少し話が反れますが、作曲はイタリアを代表するオペラ作曲家プッチーニ。
もう一つの代表的オペラ「トゥーランドット」の中のアリア「誰も寝てはならぬ」はこれもまたCMなどで聞き覚えのある曲でしょう。
 トリノオリンピックのフィギュアスケートで荒川静香さんが金メダルを獲得した時にも選ばれた曲ですね。
(サビの部分を聞くとイナバウアーを連想してしまう)

コロナで動けなかったですが、久しぶりに年末あたり帰省しようかと考えています。
ばってんT村でした。

機械音声か肉声か2021/09/27

今回の話題は次のような読者投稿の詩を目にしたことがきっかけです。

産経新聞 2021年9月22日朝刊 朝の詩(うた)より
大阪の75歳の女性読者の投稿です。

自動精算機

お金を入れてください
お金を入れてください
何度も言う
かたくなった指先で
お札を入れる
おつりをお取りください
丁寧な音声の割に
コインをジャラッと
投げて寄こす
機械に文句も言えず
なんだかね…

情景が目に浮かびます。一本調子の冷たい機械の声、利用者の都合で何かあっても融通が利かない。

 経験がある方もいらっしゃると思いますが、電話の自動案内。あれもほんとストレス溜まります。
「〇〇のお問い合わせは1を、△△の申し込みは2を、・・・」
行った先でさらに番号振り分けの案内があったりする。
もたついていると「入力が確認できませんでした」とやり直しを命じられる。

 フリーダイヤルだったらまだいいけど、フリーでなかったら通話料金バカになりません。
やっとつながったと思ったら「ただいまたいへん込み合っております。このままお待ちいただくか、しばらくしておかけ直しください」
「え~い、さっさと人間のオペレーター出せ」と言いたくなる時があります。

 私は毎朝JR通勤で草津駅を利用しているのですが、7時20分前後に上下線合わせて7:19、7:20、7:21の電車が出る時間帯があります。
 時間になると「何番ホームに7時19発どこそこ行き新快速電車が12両で…」と言うような自動アナウンスが3つ少しずつずれながら同時に聞こえてきます。

 うるさい上に、何を言っているか聞き取れずまったく意味がないと思っています。
でも安全上、注意を喚起するため列車到着のアナウンスは要るんでしょうね。

 一方、こんな微笑ましい話もあります。
 アフリカで一番よく知られた日本語は「ETCカードが挿入されていません」らしい
(昨年から今年にかけてのTwitter情報ですが)

 日本の中古車は故障もなくアフリカ諸国では大人気で日本から多く輸出されています。
エンジンをかけるたびにこのセリフを自動音声で言ってくるのです。
ドライバーや乗客は自然とこれを覚えてしまう。

 これを「こんにちは」とか「シートベルトを締めて」の意味だと多くの人が思っているとのこと。
未知の外国語ですから意味がわからなくて当然でしょうね。

 さらに話かわって東海道新幹線の車内で流れる英語アナウンスですが、これは機械音声ではなくネイティブ女性の肉声の録音なのです。

 東京在住のオーストラリア人、ドナ・バークさんというプロの声優兼シンガーの方の声です。
あの声、高すぎず低すぎず心地よく聞こえるのですが意識して録音されているそうです。
YouTubeでも見られます。

 最後に私事ですが、物珍しさや興味があって半年ほど前にAmazonのスマートスピーカーを購入しました。
「アレクサ、今日の天気は?」などの質問に答えてくれたり、音声でテレビやエアコンの操作ができるものです。

  こんな感じのもの。スピーカーと言ってもデイスプレイも付いている

遊びの相手もしてくれます。しりとりをやってみました。

   一度使った単語は憶えていますね。

 相手の単語がば(BA)で終わった後、私がバリと答えたら「パリは間違っています。もう一度おねがいします」と返してきました。

 ゆっくり正確に何度「バリ」と言っても聞き取ってくれません。ぱ(PA)と認識しているのです。
私の発音が悪いのか、相手の聞き取り能力が低いのか。

 人間相手なら「フランスのパリじゃない。インドネシアのバリ島のことだ」で済むのですが、これを言っても通用はしません。
 SF映画みたいにロボットが人間並みに相手の意図を理解して会話してくれるのはまだまだ先だなと思わされた経験でした。

 ちなみに、このスマートスピーカーで言語を英語に選択すれば音声のやりとりや表示は英語になります。
 一度やってみましたが、正確に発音しないとわかってくれません。発音と聞き取りの練習にはなりそうです。
ってんT村でした。

日本語びいき2021/09/12

 前回に続けて緊急事態宣言で休館する前に図書館から借りた本で、久しぶりに日本語の話題を。







 著者は日本語教師、日本語教師養成講座講師、大学の非常勤講師を兼任されている日本語のプロフェッショナル。

本の中にちょっとした誤用の実例やクイズがありましたので、まずそれらをまとめて紹介します。

・おもんぱかる、の否定形は?
・赤ちゃんをおぶって… のこの「おぶって」、辞書形は?
・おもねる、のテ形は?
・痩せる(やせる)の命令形は?
・焦る(あせる)の命令形は?

 著者も書いていますが、日頃使わない用語、活用形なので迷います。
私はおぶって、の辞書形なんてわかりませんでした。まず聞いたこと、見たことがない。

 わからないときは辞書を引いて活用グループを調べましょう、とごく基本的なことが書かれています。
それでもわからなければ留学生に聞け、と…

 今はネットで検索すればその場ですぐわかるし便利になったものです。
後で気づいたのですが、あせるは同音異義の色あせるの「褪せる」もありましたね。

もうひとつ。
イ形容詞とナ形容詞、数が多いのはどちらでしょう?
イ形容詞は安い、高い、暑いなどいくつもスラスラ出てきますが、
ナ形容詞の方はきれい、静か、親切、便利、あと…すぐ出てこん。

よく使うから、たくさん知っているから世の中に多く存在するとは言えないようですよ。



 この本、基本的なことをわかりやすくそしておもしろく書かれているので楽しみながら読めます。特に興味深かった章は
4 らぬき、れたす、さいれ


15 ありますですかそれともありますですか?
(新米日本語教師の頃、著者はこの質問の意味がわからなかったとのこと。
 語尾はsなのかsuなのか?の意味だった。母音の無声化について書かれている)

 加えてヨシタケシンスケさんという方のイラストもおもしろい。
この人、週刊誌や雑誌などの文中イラストでも時々見ることがあるのですが、ユーモアにあふれています。

この本の中からいくつか抜粋してみました。




興味ある方は、一読してみてください。ばってんT村でした。

八月十五日に吹く風2021/08/28

 緊急事態宣言発令でさっそく図書館が休館。
 それより前に数冊借りていたのでまだよかった。さらに8月は雨が多く外出もままならず読書も進みました。

 その中から「八月十五日に吹く風」を紹介したいと思います。

 史実に基づいたストーリーで登場人物は実在、戦記ものですが人間ドラマだと感じました。
まず、第二次大戦中にこのような実話があったとは知りませんでした。

 アメリカ領のアリューシャン列島内、アッツ島、キスカ島の2島を日本軍は占領していたという事実、ここを足掛かりにアメリカ本土に進撃しようとしていたのです。

         本書より抜粋

 アメリカ軍は2島を奪還するためまずアッツ島を包囲し総攻撃を仕掛け、アッツ島の日本軍は全滅します。
 次の標的、キスカ島も物資や食料の補給路を断たれ日本軍は孤立し全滅するのも時間の問題でした。

 この状況を見て日本本国ではキスカ島に残された陸軍、海軍の約5,200名を救出することが決まり、大規模撤収作戦が始まるのです。
 正面から向かっていけば、戦闘は避けられずまず救出は困難。計画した作戦は濃霧に紛れて密かにキスカ島に接近することでした。

 総司令官は木村昌福(まさとみ)少将。それまでも数々の作戦を成功に導き評価も高かった。
的確な判断で指揮を執り、なにより部下思い、人命を第一に考える軍人だったと言われます。

 霧が発生することが作戦に不可欠だったため、気象専門士官の竹永一雄少尉(小説では橋本という仮名になっている)という方も巡洋艦に乗り込んでいました。
 この二人のやりとりが興味深い。

 作戦が成功し7月29日に日本軍が撤退してしまったことを知らないアメリカ軍はキスカ島奪還のためその半月後の8月15日に上陸作戦を実行したのです。
 当然、島はもぬけの殻。小説のタイトルの八月十五日は終戦日ではなく、1943年のこの日のことを言っています。

 物語中にはアメリカの視点から見た描写もあるのですが、日本語の通訳として従軍したロナルド・リーンという二十歳の若者が登場します。
 捕虜の通訳や日本軍が残した文書などの翻訳に携わるのですが、この若者の実名はドナルド・キーン。

 18歳の時、英訳された「源氏物語」を読んで魅了されたことが日本に興味を持つきっかけとなりました。
 海軍語学校で日本語を学び、その後海軍情報士官として翻訳局に赴任することになるのです。

 ご存じの方もいらしゃると思います。
 長い間、日米を行き来していた日本文学研究者・日本学者のドナルド・キーンさんは2012年に日本に帰化され、2019年に日本人として96歳で亡くなられました。
 日本文化の欧米への紹介で多くの実績があり、外国人として初めて文化勲章も受章され、身近なところで言えば京都の名誉観光大使もされていました。

 日本語、日本文化を通じてこのような縁ができるというのも不思議なものです。
ばってんT村でした。
★コメント・トラックバックは内容確認後公開しております
★オリーブホームページはこちらからどうぞ!