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日本語が理解できない若者2020/03/29

日本語が理解できない若者が増えているということを最近よく見聞きします。手書きしなくなったから漢字が書けない、誤変換が多い、というレベルではないらしい。

 

 ネットの投稿記事からの抜粋、要約ですが、中学・高校・大学で若者に接している先生や会社で若い社員といっしょに仕事をしている人たちの体験談が書かれてあり、内容を読むと相当深刻だと思いました。

 

相手(若者)に理解してもらえなかった事例として

910分前に集合」が通じなかったので850分と言い直した。

「この仕事は骨が折れる」を文字通りに受け取られた。

「現状にあぐらをかく」の意味が分からずキョトンとされた。

「読みづらいから改行して」と言ったら、「カイギョウって何ですか?」と言われた。

「お手やわらかにお願いしますよ」と言うと「どうしたら柔らかくなるのですか?」と聞き返された。

 

ある大学で「often」の意味を調べさせたところ、英和辞典に載っていた「しばしば」「頻繁に」の意味が理解できなかった。

そこで「よく~する、という意味だ」と教えたら「よく」を「良く(good)」と解釈された。

 

これらの事例を見ても、英語を早い時期から教えようとすることより日本語の理解力を上げることが先にやることだ、ということがよくわかります。

でも、oftenって中学で習う英単語のはずで意味を知らない大学生がいるというのも何だかな・・・、と思いました。

 

さらに読解力についての調査結果もあります(これは以前一度紹介したかもしれません)

 

問1

仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。

 

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

オセアニアに広がっているのは、(  )である。

  • ①ヒンドゥー教
  • ②キリスト教
  • ③イスラム教
  • ④仏教

 

正解は②ですが、この問題の正答率は中学生が62%、高校生が72%。

しかも、この問題に解答した745人の高校生が通っているのは進学率ほぼ100%の進学校だという。

 

問2

Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。

 

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

Alexandraの愛称は(  )である。

  • Alex
  • Alexander
  • ③男性
  • ④女性

 

正解は①ですが、正答率は中学生38%、高校生が65%だった。選択肢④を選ぶ誤答が多かったという。

 

 この記事を書いた女性は小学校4年生から中1までアメリカで暮らし、その間日本語の教育を受けていなかったので、学生時代は日本語の語彙力が非常に乏しかった。そして、高校の現代国語のテストで長文問題を何度読んでも理解できなかった、それが非常にショックだったと言っています。

 

社会人になって職業柄、関連する本を理解できるまで何度も何度も徹底的に読み、論文を読みあさって語彙力を増やしてきた、コラムや本を書けているのはこの経験があったからだとも言っています。

 

やはり読解力や語彙力を増やすには、活字を読むこと、これに尽きるということですね。でも現代人は老若問わず活字を読まなくなってきていると思います。

 

語彙力が乏しいのは若者だけとは限りません。私自身の経験です。

ある飲み会の時、アルコールがダメな私は周りに向かって「私、実は下戸なんですよ」と言ったところ、数人から「ゲコってなんですか?」と聞かれたことがあります。そのときは下戸、上戸はもう死語なのか、と思いました。

 

一方こんなこともありました。

年末休暇で実家に帰る特急電車内のことですが、私の座席の通路を隔てた向こう側に4人連れの家族が乗ってきました。30半ばくらいの夫婦とその子供でしょう、小学生くらいの2人の男の子でした。

 

 しばらくしてこの二人が鞄から取り出したのはスマホでもゲーム機でもなく、本でした。そして静かに読書を始めたのです。

 オオ、これは珍しい光景だな、と思って見ていました。多分ご両親も読書好きなのでしょう。時々、本の内容について楽しそうに親子でおしゃべりしているのです。

将来、この子供さん二人は日本語の理解には問題のない青年に育つことでしょう。

 

 さて、話を先ほどの2つの例題に戻して。

実はこの2問を日本語能力試験の読解の練習問題のつもりでやってみてと言って、私が教えている生徒DさんとTさんにやってもらいました。2人ともN3は合格しています。「愛称」の意味を知らなかったのでそれは事前に説明しました。

 

結果、Dさんは2問とも正解し、Tさんは2問とも間違えました。後で聞くと、正解したDさんの方は文章の意味をしっかり理解していました。

 

不正解だったTさんに、どこがわからなかったのかを聞くと、1問目の「何々は~に、何々は~に、何々は~に」の連続している文の切れ目がわからない、と言っていました。

「広がっている」という動詞が3つの「~に」のすべてにかかっていることも理解できていないようでした。

問2は、④女性と誤答しました。あとで説明すると、「あ~」と合点がいったように言っていたので、問題文の意味を正確に理解していないようでした。

 

案外、日本の中高生も同じ理由で間違えているのではないでしょうか。「愛称」の意味がわからない学生もいたかもしれませんね。

 

おもしろいのは2問とも正解したDさんは紙の辞書(日-インドネシア語辞典)をいつも持ってきていて、授業中、わからない日本語は辞書で調べています。

 

今やほとんどの人がスマホを辞書替わりに使っているようですが、画面を指先でスライドするよりも、紙の辞書のページを同じ指先でパラパラとめくった方が手間がかかる分、記憶に残りそうな気がします。

…とは言え自分自身も、もうページをめくり単語を探すなど面倒くさいことはやりたくなく、スマホやパソコンの便利さに流されています。

 

でも、時にはスマホの代わりに本を片手におもしろい小説でも読みましょう。

ばってんT村でした。

パンデミックと「ロミオとジュリエット」2020/03/14

 コロナウィルスの感染拡大でパンデミック(感染症の世界的流行)が宣言されましたが、過去の歴史上でも人類がパンデミックに襲われたことは何度もありました。

 

 よく知られている最大規模のものはペスト菌によるものでしょう(ネズミなどを宿主としたノミを媒介してヒトに、その後はヒト→ヒトで感染していった)。

古代エジプトのミイラから痕跡が発見されていますから紀元前から存在していたことになります。

 もちろん、エジプトの人々は原因も何もわかるわけがありませんが、伝染することはわかっていました。石切り場で大流行した時は、その場を隔離して中の者が全員死亡するのを待った、といいます。

 

 パンデミックの1回目は6世紀の東ローマ帝国から発生しヨーロッパ、近東、アジアへ伝搬していき、3,000万とも5,000万人ともいわれる死者が出たといいます。

 

次の大流行は11世紀の十字軍遠征、14世紀のモンゴル軍の大移動が引き金といわれています。

 

 特に14世紀の2回目のパンデミックでは全世界で8,000万の人口が失われ、ヨーロッパだけで2,000万から3,000万人が死亡したと推定されています。

 この当時、貿易船が行き来するベネチア共和国では、この疫病が東方から来ることに気づき、すぐ乗員を下船させずに潜伏期間の40日間、強制的に船を停泊させる法律をつくったのです。

 

 空港でよく目にする表示「検疫」は英語でquarantineと書かれていますが、これはイタリア語のquarantenaおよびquarantagiorna40日間の意味)が語源となっています。

 

横浜港やサンフランシスコ冲でクルーズ船内に乗員乗客を留めおいたのはベネチアのやり方とまったく同じです。医学的な検査方法があったか、なかったかの違い。

歴史は繰り返されるのですね。

 

 その後もペストは何度も流行するのですが、1665年イギリスでのこと。リバプールから80kmほどのところにあるEyam(イーム)という村に悲劇が襲います。ロンドンから届いた布地に付着したノミのペスト菌によって村中に感染が拡がりました。


 事態を重く見た2人の牧師の指示の下、村人がやったことは自発的に村を封鎖することでした。「村の外に出て行かず、外からは誰も入れない」としました。

 それ以外にも、

死亡者の埋葬は家族だけで行い、その家の敷地内にすること。

集会は教会で行わず、村はずれの広い原っぱでやる。

という3つのルールを作り、それを村人全員が犠牲的精神で守り外部への拡散を防いだのです。

 

事情を知った近隣の村から食料などが届けられました。村はずれの平原に救援物資を置いて立ち去り、イーム村の住民が取りに行きお金を置いていく、というやり方です。

 

この封鎖方式も中国でやられていたウィルスの拡散防止方法と同じですね。ここでも歴史は繰り返されています。

 

 3回目のパンデミックは1894年、香港で発生しました。この時は細菌学者の北里柴三郎が香港に渡り、原因であるペスト菌を発見したのです。これにより予防法や治療法の確立されるようになります。

 

さて、話が変わり唐突ですがシェークスピアの作品に「ロミオとジュリエット」という物語があるのはご存知だと思います。

 

 『舞台は14世紀イタリアのヴェローナ。ロミオとジュリエットの両家は敵対していて相思相愛の二人の仲は引き裂かれ、ジュリエットは他の男と結婚させられることになる。

 ジュリエットの相談を受けた修道士は数時間だけ仮死状態になる毒薬をジュリエットが飲み死亡したと見せかけ、ジュリエットが目覚めた後に二人で駆け落ちする案を持ちかけた。

 計画どおり、結婚式前夜に薬を飲んだジュリエットは仮死状態になる。葬儀で死亡したジュリエットを見てロミオは悲しみのあまり自殺する。その後、目覚めたジュリエットは自殺したロミオを見て自分も後を追った。』

 

というのが超簡単なあらすじです。

 

でも、なぜ死んだふりをする芝居のことをロミオは知らなかったのか?

実はこのことを書いた手紙を修道士の使者がロミオに届けに行っていたのです。しかし、途中の村で病人に出くわし使者はその家に立ち寄ることになります。

直後、病人がペストであることを知った村人たちが感染を防ぐため、病人といっしょにその使者も家に閉じ込めてしまったのです。

 このことで伝言がロミオに伝わらなかったのですね。

 

 シェークスピアが「ロミオとジュリエット」を書いた1590年ごろもペストが流行っていた時期で、この伝言が伝わらなかった部分はそこから着想を得たのではないか、といわれています。

 

 何の偶然か、今イタリアではコロナウィルスが蔓延し都市ごと封鎖されるような事態になっています。ここでも繰り返される歴史。

 

 さて記憶に新しいところでは、2002年~2003年ごろにSARS(サーズ)と呼ばれる感染症が流行した時期がありました。

 今年のコロナウィルスほどの拡散規模ではありませんでした。医療用に使われるレベルの高性能のマスクを支給してもらい注意して出張もしていましたから。

 

 この時期に上海出張に行った時のことです。上海か関空のどちらの空港かは忘れましたが、到着してゲートに駐機後、「降りずにしばらく座席にいてください」という機内アナウンスが流れました。

 

しばらくすると頭から全身を白い防護服で覆った人間が数人、機内に入って来て、赤外線式の測定器なのでしょう、それで順番に一人一人の体温を測定していったのです。

 この時はドキドキしました。自分に熱はなくとも近くの乗客に発熱者がいればまとめて隔離です。

 無事に出られてホッとした記憶があります。

 

他国ごと、他人ごととは思えない今年のコロナウィルスのパンデミックですが、もう自粛疲れやストレスが出てくる頃ではないでしょうか?

 

ここまで話題が暗かったので、最後に全く関係ない話に変えて。

日本語教室も長く休講が続き、引きこもり気味のこの頃、このような本でも読んで気分転換されてはいかがでしょう(まあまあおもしろい)。

 

 

ばってんT村でした。


食べてイスタンブール2020/03/01

前回のイスタンブール観光の続きです。

 

世界三大料理といえば中華、フランス、トルコと言われています。トルコ料理のことは詳しくはありませんが、現地で食べた料理を紹介します。

 

まず、ぜひ食べてみたかったのは鯖サンド、トルコの代表的ファストフードとも言えます。200300円で値段も手頃です。

焼いたサバの切り身とレタス、タマネギなどの野菜をバゲット状のパンに挟んだサンドイッチです。

 


 滞在中、毎日のように通ったのがガラタ橋と言われる有名な橋近くの広場。

ガラタ橋周辺では接岸された船の上でサバを焼いている店があって、岸側から代金と引き換えに鯖サンドを受け取ります。近くの簡易テーブルに置いてあるレモン汁をちょっとかけてかぶりつくとこれがうまい。お昼によく食べました。

 


なぜか船上で鯖を焼く


魚好きの日本人にも合うので日本でやっても流行ると思うのです(日本だと鯖寿司になってしまうか)

 

この広場には他にも屋台がさまざま出ていて、その場で果実からしぼってくれるジュース屋さん、ごまパンの店、焼き栗の屋台なども試してみました。

 

ゴマパン

 

焼き栗(うーん、これは日本、天津甘栗の方がおいしい) 


このようなファストフードのつまみ食いも楽しい広場です。

 

さて、晩ご飯にはトルコ語でロカンタといわれる大衆食堂に通いました。


ロカンタが軒を連ねる通り



これはキョフテと言って、羊肉を玉ねぎ・パセリ・スパイスとともに練った棒状の小型ハンバーグです。 美味。

 

ピデ(トルコ版のピザ、イタリアのピザの原型ともいわれている)


  

そしてヨーグルト、トルコはヨーグルト発祥の国で「ヨーグルト」の語源もトルコ語なのです。当然、消費量も多く、デザートと言うより料理の一部になっています。

飲むヨーグルトでちょっと塩味。何も入れないプレーンや甘いヨーグルトに慣れた日本人だと「なに、これ?」って予想外の味に感じます。

 

 

酒類を飲まないイスラム教のトルコですから、食事中の飲み物代わりにもなっているようです。

 

海沿いですから魚もあります。


 魚フライの定食


食後はチャイを注文

 

 あるロカンタに入り注文を頼んで待っている間のこと。店員にガイドブックのその店を紹介しているページを見せて「これを見てここに来たんだ」と言うと、それを見た彼がオッ?と言う顔で「ちょっと見せて」と言って本を取り上げ奥に向かって何かトルコ語で言っています。

 

 直後、数人が本の周りに寄ってきて嬉しそうにワイワイやっています。見ているとだいたい状況がわかりました。

 「おい、おまえがガイドブックに載っているぞ」という意味のことを言っています。料理の写真と一緒にこのロカンタの料理人の男性の姿があったのです。

 

そして「日本にはこんな詳しいガイドブックがあるのか?」と感心していました。あの「○○の歩き方」という黄色い表紙の本です。

お互い片言の英語で会話していてトルコ語も交じっているのですが、なぜか言っていることが不思議とわかります。その場の状況や相手の表情やしぐさが言語を補っているのですね。

 

飲み物はチャイが一般的ですが、飲んでみたかったのがトルココーヒー。

トルココーヒーは水の中に直接コーヒー粉を入れて煮立てて作ります。従ってカップの底にはコーヒー粉が沈んでいるので、上澄みだけを飲むことになります。

 

濃い味です


ちょっといいお店だと、器が違うし、お菓子付き

 

2013年にこの「トルココーヒーの文化と伝統」はユネスコの無形文化遺産に登録されましたが、これは日本の和食が伝統的食文化として無形文化遺産に登録された同じ年なのです。

 

食べ物の話はこれくらいにして、さらに観てみたかったものについて。まずはヨーロッパとアジアを隔てるボスポラス海峡。


アジアとヨーロッパを結ぶ橋


クルーズ船が出ていてこれに乗りました。折り返し地点で接岸し、ツアー客は上陸して小高い丘を徒歩で登ります。

  

上からの眺めは絶景です。


 アジアとヨーロッパを隔てるこの海峡、フェリーや道路橋で行き来できていましたが、2013年からは完成した海底トンネルに鉄道が開通しました。

このトンネルの建設工事には日本の建設会社が2004年から関わってきましたが、このようなところにもトルコと日本の深い関係が垣間見えますね。

  

次に視点を変えて、中東、北アフリカのアラブ文化圏と言えば一度は観てみたいベリーダンス。

 

市内にあるHodja Pasha Culture Center(ホジャパシャ文化センター)というところで観ました。ダンス専門の劇場でベリーダンスだけでなく、トルコ各地や周辺国の民族舞踊などバラエティに富んだ内容で見応えがありました。

 

円形の劇場の周りを観客が囲む


妖艶かつダイナミック

 

 途中、エッ~と驚いたのは男性のベリーダンス。男性の私は特に見たいとも思わないのですが、それなりの人気があるんでしょうか?

 

もらったプログラムを後でよく見ると、確かに…5番目Male Belly Dancerと書いてあった。

まァ。これも忘れられない思い出ということで。


 

 一部だけの観光地紹介でしたが、イスタンブールは見どころが多い魅力的でエキゾチックな都市だと思います。

ばってんT村でした。


飛んでイスタンブール2020/02/15

親日国トルコの話の続きで、イスタンブールへ行った時のお話をしたいと思います。


昔、「飛んでイスタンブール」という歌がありましたね(もう知らない人の方が多いか) トルコの首都はアンカラですが、知名度が高いのはイスタンブールの方です。


 1923年にトルコ共和国となりアンカラに遷都されるまではイスタンブールが首都でした。ボスポラス海峡を隔てて西洋と東洋が混在する魅惑的な都市です(このボスポラスという名称もいい響き)

 

こんな位置関係

 

スピーカーから街中に朗々と流れるアザーン(イスラム教徒への礼拝時間のお知らせ)が聞こえると異国に来た、ということを強く感じます。

 

イスタンブールには旧市街と新市街があり、見どころは旧市街に固まっています。歴史地区として世界遺産にもなっているところです。

 

旧市街


必見はブルーモスク、アヤソフィア、トプカプ宮殿の3つではないでしょうか。

 

 一つ目のブルーモスクですが、正式名はスルタンアフメット・ジャーミー(ジャーミーはトルコ語でモスクのこと)と言います。オスマン帝国のアフメットという名のスルタン(王様みたいなもの)の時代1616年に建造されました。

 

 この頃は日本だと江戸時代初期ですが、トルコではこんな巨大なモスクを作っていたのですね。

 

 

 世界でもっとも美しいモスクと言われています。いわれのとおり、内部に入ってみると天井のドーム内面の模様と色彩には目を見張ります。首が痛くなるくらい長い時間見上げてしまうほど。

 


 ステンドグラスを通して入る太陽光に青い装飾タイルが映える様子からブルーモスクと呼ばれています。

 礼拝の時間以外は一般人も絨毯を敷き詰めた礼拝堂の中まで入って見学することができます。

 神社、教会、モスクなどへ入ると宗派を問わずなぜか神聖な気持ちになるものです。

 


  

次のアヤソフィアは一種独特なイスタンブールを象徴する建築物です。ローマ帝国時代はキリスト教会として、その後オスマン帝国に征服されてからはイスラム教のモスクとして使われました。

その際、モスクに改装するためキリストや天使の絵画の上に漆喰を塗るなどしてキリスト教を想起させるものは目に付かないように隠したのです。

 

1923年にトルコ共和国になってからアヤソフィアは無宗教の博物館になっています。漆喰をはがしたりして当時のキリスト教の絵画が再び見られるようになり、キリスト教とイスラム教の象徴が混在する不思議な空間になっています。

 


内部は広大で観る者を圧倒します。ここは2階へ上がることができて、そこから階下を見るのがオススメです、壮大さがより一層感じられます。

 



三つ目のトプカプ宮殿は1519世紀中ごろまで、オスマン帝国の君主が居住した宮殿です。

 

 ゆっくり見学しようと朝早めにいったにもかかわらず、このトプカプ宮殿への入り口は観光客で長蛇の列でした。長時間を覚悟で待っていると、日本語で「日本人の方、いませんか?」と言いながら行列の横を歩いている人がいました。

 

 そしてそばに来た時に私に気づいて「日本人ですか?私がガイドで日本人を団体で案内するので来ませんか?団体入り口から入るので待たなくてすみますよ」と流ちょうな日本語で誘ってきたのです。

 

こりゃ胡散臭いボッタクリガイドじゃないのか?とためらっていると見透かしたかのように「安心してください、私は公認のガイドです」と首から下げたガイドの身分証を見せるのです。

名前はアルタンさんといい名刺までくれました。

 

列を離れついていくと、日本人観光客が数人集まっている団体入り口付近に連れていかれました。

 

 さらに数人の日本人を集めてきて10人程度になったところで彼の引率で中に入りましたが、団体入り口からだと確かにほぼ待ち時間なしでした。

 

 さすがに公認ガイドでそれも日本語で話してくれるので説明がよく理解できました。ここの青いモザイクタイルの美しさも圧巻です。

 




さらに宮殿内にはあのハレム跡もあり案内してくれました。日本で言えば大奥の間みたいなものですね。

 

ガイド料はもう忘れましたが皆が支払い終わって解散した後、アルタンさんにどこで日本語を覚えたのかを聞いてみると、大阪に住んでいたことがありその頃に勉強して覚えたと言っていました。

 


 なぜ今日のような勧誘をしたのか聞くと「仕事は他にあるのですが、せっかく覚えた日本語とガイドの資格があるのでこうやって休日に時々日本人の方を案内しています」ということでした。

思わぬところで日本語に遭遇したひと時となりました。

  

さて、旅行へ行けばお土産です。知り合った別のトルコ人に「友人のお店があるから紹介するよ」と言われ、とあるおみやげ屋に連れて行ってもらいました。

あらかじめ「絨毯には興味ないから買わないよ」とことわっておきました。

 

が、店へ入るとまずお茶が出て、やはり絨毯のセールスが始まりました。そこでも「興味ないから買わない」とはっきり言うと「OK、わかった。見るだけでいいよ。トルコの絨毯のすばらしさを説明するから」と意に介せず。

 

そして何枚か絨毯を出してきて「これどう?見る角度で光沢や色合いが違って見えるんだ」とか、「このサイズならどう。丸めれば持って帰れるよ」とかさかんに売りこんできます。


確かに光沢のある見事なじゅうたん、値段も相当…


しかし、私がまったくその気を起こさないのを見てほんとうに買う気がないと思ったのか、ついに売り込みをあきらめてその後は日本の話題も交え世間話になってしまいました。

親戚が東京でもお店をやっている、と写真も出してきます。ある1枚の写真にはその親戚数人とベ〇ツの高級車が写っていて(こりゃシコタマ儲けているな)と内心思いながら見ていました。

 

何も買わずお店を出る時には「観光の途中で疲れたら寄って休憩していいよ。また話をしよう」と言ってくれたので額面どおりに受け止めて、後日2度ほど立ち寄ってトイレを借りたりお茶をごちそうになったりしました。

何も買わずとも「日本人は友達ね」などと言いながら愛想はいいし、やはり親日家なのか、商売上手なのか?

 

さすがに悪いと思って、最後は日本で配るおみやげ(モザイクタイル模様の鍋敷きなど)をいくつか買いましたが。

 

一度に書ききれませんでしたので続きはまた次回、お話します。ばってんT村でした。

 

アウシュヴィッツのタトゥー係2020/02/01

 トルコの続きを書く予定でしたが、おもしろい小説を読んだのでそれを先に紹介します。

 

 2017年7月のブログで「アウシュヴィッツの図書係」という小説を紹介しました。

よく似たタイトル「アウシュヴィッツのタトゥー係」も同じくアウシュヴィッツの強制収容所を舞台にした実話に基づく物語です。

 

 日本での出版は昨年2019年。世界300万部突破の国際的ベストセラーとあるからには読んでみなくては、と思い図書館から借りてきました。

 


 

 一気読みしました。ラブストーリーとなっていますが、どうやって生き延びるかというサバイバル的要素もあり展開がおもしろい物語です。2020年にイギリスのBBCでドラマ化されるのもさもありなん。

 

 著者は史実と本人から長年かけて聞き取った実話を基にした「フィクション」だと注釈に書いています。多少の脚色はしてあるわけです。

 

 あらすじは…

 ユダヤ系スロバキア人の青年ラリは収容所に運ばれ、新入の収容者の腕に識別番号を刺青する係を命じられます。

 ある日、刺青を彫った一人の女性に心臓が止まるくらいの一目ぼれをしてしまう。

その女性ギタと知り合いになりたいラリは親しくなった親衛隊員に手紙を託してきっかけを作ります。

 …というストーリーの始まりです。

 

 ラリが生き延びたのは若いこともあったのですが、意志力とサバイバルのため常に頭を働かせていたことです。

 重労働は強いられず比較的楽な刺青を彫る仕事に就けて生き残れたのも、彼の人間的魅力と多言語が話せたためです(自国チェコ語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、ポーランド語が話せた)

 

 要領の良さでは、収容所に建設などで働きに来る外部者と親しくなり、食料や薬などを入手できるようになりました。その薬で恋人ギタの命を救ったりします。

 

 紹介はこの程度にして、興味ある方は読んでみてください。巻末には二人の写真や息子さんの言葉も掲載されています。

 

さて、物語の中の強制収容所はポーランドにあるのですが、アウシュヴィッツとビルケナウという2か所が出てきます。アウシュビッツだけでは収容しきれず、ビルケナウに収容所を増設したわけです。

 

 

こんな位置関係で、実は4㎞ほど離れています。

数年前、現地ツアーで見学に行った時はもちろん車で移動しましたが、ラリは仕事でこの距離を徒歩で往復するわけです。

 

この強制収容所は世界遺産になっていますが、言わば「負の遺産」です。


アウシュヴィッツ入り口 



ビルケナウ 貨物列車で運ばれそのまま収容所内へ


敷地は広大

  

話変わって。

ここの博物館公認のガイドさん達はポーランド人で言語別(ポーランド語、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語など)に複数人待機していて、見学者は言語を選びそのグループに入ります。

 

アウシュヴィッツの公認ガイドは専門知識を問う国家試験を合格しないと資格は取れないので知識は驚くほど豊富。説明してもらいながら巡ると、歴史、建物や設備、展示物、廃墟などの意味がわかり現実味を感じることができます。

 

補足ですが、この公認ガイド国家試験(ポーランド語)に合格された唯一の外国人として日本人男性がいらっしゃいます(常駐ではなく事前予約が必要)

 

 また、日本語で説明してくれるガイドさんが案内するツアーもあるようです。

 実はポーランドも親日国家でして、外国語として日本語は人気で、日本語学校や大学にも日本語学科があったりします。このようなところを卒業した人たちが日本語ガイドをするわけですね。

ばってんT村でした。


日本と親日国2020/01/18

世界に親日国(地域)はいくつもあります。

雑誌や調査データ、旅行ライターの体験談など複数の中から、ほぼ出てくるのが台湾、タイ、インドネシア、インド、トルコなどです。

 アニメや日本文化に接して好きになった、というような理由以前に歴史的に親日になった国家があるのです。

 

特にトルコとの間には次のような実話があります。さまざまなテレビ番組でもとりあげられているのでけっこう知られていると思います。映画化もされました。

「エルトゥールル号遭難事件」がきっかけでした。

 

 

明治時代の1890年、親善使節団を乗せたトルコ軍艦エルトゥールル号が帰路、和歌山県串本沖で台風によって遭難、座礁してしまいます。

串本村の村民たちは乗組員を救助し死亡した乗組員を丁重に弔い、生き残った乗組員には貴重な食糧を提供し手厚い看病をしました。

そして日本政府は2隻の軍艦で生存者をトルコのイスタンブールに送り届けたのでした。

 

さてそれから95年後、トルコが恩返しをしてくれます。

1985年、イラン・イラク戦争の最中のことです。当時のイラクのフセイン大統領がある日時からイラン上空を飛ぶ航空機はすべて撃墜する、と布告しました。

 

その時点で退去できずにイランに残っている日本人がまだ200人以上いましたが、日本の自衛隊機、民間航空会社機とも紛争地には飛行機が出せずタイムリミットが迫ったままテヘランの空港に取り残されていました。

万事休すと思われたその時、なんとそこにトルコ航空機2機が飛来してきて、日本人を救出したのです。タイムリミットまで2時間を切っていたとのことです。

 

救援機は日本政府がトルコに要請したのですが、のちに駐日トルコ大使が産経新聞に次のような発言を寄稿しています。

『エルトゥールル号の事故に際して日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生の頃、歴史教科書で学びました。トルコでは子どもたちでさえ、エルトゥールル号の事を知っています。今の日本人が知らないだけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです』

 

 このトルコ航空機を操縦したパイロットは自ら志願して飛んだそうです。

 

ツーリズムEXPOジャパン大阪会場にて

トルコ航空CAさん(エキゾチックです)と(右端の長友選手は二次元ね)  

 

変わって台湾です。

この方の名前も憶えておきましょう。台湾で尊敬される日本人の一人、八田與一(はったよいち)

日本統治時代に、八田が設計し台南に建てた烏山頭ダム。1930年の完成当時、東洋一の規模でした。このダムによる灌漑設備により不毛の大地だったダム周辺は台湾最大の穀倉地帯になったのです。台湾の教科書に載るくらい尊敬されているお人です。

 

こちらはご存知の方も多いでしょう。

第二次大戦中、リトアニアの領事館に赴任していた杉原千畝(すぎはらちうね)。ドイツの迫害から逃れてきた難民(主にユダヤ人)に大量の通過ビザを発給して救ったことで知られています。外務省の注意に背いてビザ受給資格のない人々にまで発行し続けたとのことです。

 

このように日本、あるいは日本人に感謝している親日国家が世界中にあるということ、当事者の日本人として知っておくとよいのではないでしょうか。

 

 次回は話題に挙げたトルコのイスタンブールについて書いてみます。



ばってんT村でした。


Theyが単数?2020/01/03

 明けましておめでとうございます。

 さて新年1回目ですが、年末に読んだおもしろい記事からの引用で始めたいと思います。

 

 ブログのネタ拾いも兼ねてよく複数の週刊誌を斜め読みするのですが、以下は週刊文春の記事内容を引用しています。

 前回の英会話ネタに続いて英語の話題です。

 

 日本では年末恒例の「流行語大賞」がありますが、アメリカでも似たようなものがあります。

 英語辞書の老舗Websterが年末に発表するワード・オブ・ジ・イヤー(今年の言葉)というのがあるのですが、2019年は「They」でした。

 これはオンライン辞書でもっとも多く検索された単語というのが選考基準なので、まさに客観的に選ばれたものと言えます。

 

 あの三人称複数を指すThey

なんでThey?と思いながら記事を読んでいくとアメリカのLGBTが背景にありました。

LGBTとはLesbian,Gay,Bisexual,Transgenderの頭文字を取ったもので性的少数者のことです。

 

最近、アメリカではさまざまな申し込み手続きの性別選択欄にMale(男性)、Female(女性)以外にNon-binary(男女に分けられない)が追加され3つの選択肢になっているものが増えているそうです。

 

身体の性だけでなく心の性、好きになる(相手の)性と多様化してきたための選択肢の追加なのでしょう。

 

その男女どちらでもないNon-binaryの人をどう呼ぶか、ということが10年以上前から論じられてきたそうです。

HeでもSheでもなく代名詞をどうするか? EとかEyとか、ZeZieなどが検討されてきましたが、Theyが有力になり著名人や一般の人も使いだし普遍化したらしい。

 

Websterも辞書に「男女に分けられない三人称単数の代名詞」と意味を加えたそうです。

まさに言葉は生きていて時代と共に変化していく、ということなのでしょうか。

 

ただ文法上、Theyを単数に使うのには違和感ありますよね。

でも記事の中にも書いてあったのですが、その昔、王家では自分のことをIではなくWeと言っていたと。

 

これ、実はちょっとわかる気がします。会社勤めの方なら経験があると思いますが、顧客など社外の人と交渉事で話すとき「我々の考えは…」などという言い方をするときがあります。

たとえ、こちらが自分一人の時でもです。「私個人の意見ではなく会社の総意なんですよ」という思いが背景にあります。


よく言われる「外に出れば会社を代表している」ってやつです。全然レベルは違いますが、組織に属している人の発話、王族の発言もこれに近いのでは。

(以上は私の想像です。やんごとなき王家ですからもっときちんとした理由があるのかもしれません)

 

この代名詞や呼称で言えば、日本にも独特のものがあります。

夫婦が息子、娘の前で配偶者のことを「(お)とうさん」「(お)かあさん」あるいは「パパ」「ママ」と呼びあい、親のことを「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ぶ(さすがに「グランパ」「グランマ」は聞かないが)


さらに、子供がその場にいない自分たちだけの時でもこの呼び方が定着してしまっている家庭もあります。

 

これは家族内での呼び方が一番小さい子供を基準に決まるから、というはっきりした理由があります(チコちゃん、観ていると役立ちます)

日本語を勉強した外国人が聞いたら不思議に聞こえるでしょうね。

 

それともうひとつ、これは関西限定だと思いますが、相手のことを「自分」と言う。二人称に使っているわけです。

 

一人称が二人称化するというのは、思い出すと他にもあり、「おのれ」「われ」「てまえ」などがありました。ただ、これらが二人称で使われる時というのは特別な時のような感じがします。特に「おんどれ」「てめえ」などと語感が変化したら尋常じゃない時です。

一人称の「僕」も「僕、いくつになったの?」なんて小さい子供に向かって言いますよね。

 

Websterは、2019年にこのTheyの意味以外に新しく533もの単語を追加したそうです。

Vacation(ヴァケーション)の短縮形Vacay(ヴァケイ)、Inspiration(インスピレーション)の短縮形Inspo(インスポ)などがあります。言葉を略しようとするのはどの国も考えることは同じなのでしょう。

 

さて東京オリンピック絡みで流行語ができそうな今年、どんな言葉が来るのでしょうか。

 ばってんT村でした。

YouTubeで外国語をマスター!?2019/12/22

 前々回の「赤ちゃんはことばをどう学ぶのか」という著書の紹介に続けて言語の勉強に関連するネタで書いてみました。

 外国語学習者の気持ちがよくわかるエピソードです。

 

 私は時々、英会話をテーマごとに短時間で教える動画をYouTubeで見ることがあります。講師は英語のネイティブスピーカーで、流ちょうに日本語で解説をしてくれます。

 

 この講師のある回の時、外国人として自身が日本語を勉強していたときに苦労したことを例文で説明していました。その内容は以下のようなものでした。

……

「行きたくなければ行かなくていい」と言いたいとき、当然日本人なら何の苦労も無く文章を組み立てられます。

私は頭の中でこんな段階を踏んで作っていました。

 

まず、「行きたくなければ」は

行く の「く」を「き」に置き換えて → 行き 

行き+たい と「たい」を付けて → 行きたい

行きたい の「い」を「く」に置き換えて → 行きたく

行きたく+ない と「ない」を付ける

行きたくない の「い」を取って

行きたくな+ければ と「ければ」を付ける

 

次に「行かなくていい」は

行く の「く」を「か」に置き換えて → 行か

行か+ない と「ない」を付ける → 行かない

行かない の「い」を「くて」に置き換えて → 行かなくて

行かなくて+いい と付け加える

 

文法で考えていたのでこの文章を作るのに5分くらいかかっていた。このため、会話についていけなかった。

 

でもある時、かたまりで覚えればいいんだ、と気づいて楽に話せるようになった。

~たくなければ ~なくていい

というようにかたまりで覚えたらとても簡単になった。

 

という要旨でした。

 

動画ではその後に、

だから英語でも、よく使う表現はかたまりとして憶えましょう。

 Go homeか? いやGo to homeだったかな?と悩むより、Go homeとかたまりで憶えましょう。

……

となって、講義が続きます。

 

この動画から、我々日本人が特に意識もせず話している表現でも、外国人は苦労して話しているんだな、ということがよくわかるエピソードでした。

 

 では、日本人が英語を勉強する時、難しいと感じたり苦労したりすることは何でしょうか?


 私は「聞き取り」だと思います。

「読み、書き」は、わからない時は辞書を引いたり、知った人に聞いたりとマイペースでできます。「話す」は相手がいますが、伝えるのが目的なら単語の一言、二言だけでもいいし、極端ですがジェスチャーでも絵図でもいいわけです。

 

ただ、「聞き取り」だけは相手の言ったことを一回で瞬時に理解しなければなりません。頻繁に「ゆっくり言ってください」とか「もう一回言ってください」とは頼めないですからね。

 

 私も初めてアメリカへ出張に行った時、レストランのウェイター、ウェイトレスの言っていることすらわからなかったです。

 英語って、文字通りに発音しない、あるいは特定の音が消えている、ということが実際聞いてみて初めてわかりました。

 

 上述のYouTube講師の、「この英語聞き取れますか?」の1回目の例文はこう聞こえました。

「アイメディマラパティ」

わかったのは最初のIと最後のpartyだけ、途中は何をいっているかさっぱり不明。

 

 で、原文は「I met him at a party」文字通り読むとカタカナ表記で「アイ メット ヒム アト ア パーティー」です。

 

実はmetattの発音はdrに変化し、文中だとhimhは消える、という音声変化があり、そして単語はカンマ、ピリオドがない限り連続して発音されるのです。

耳に聞こえるリアルな発音を書いてみると Aimedimaraparty って感じでしょうか。


 勝手に音を変えたり、消したりしないでほしいですよね。だから教科書で勉強しても聞き取れないはずですよ。

 

 それから講師はこうも言っています。音声変化の規則性を知って学習者も話すときに同じ要領で発音するようにしましょう。そうでないと相手が言っていることもわかるようにならないですよ、と。


 同じ内容なのにネイティブの発音と自分の発音が違っていると、脳内で同じものとは判断できないから、ということらしい。

これはなんとなくわかる気がします。耳から先に英語に触れて、まねてしゃべる子供の聞き取り能力が大人よりいいのはこれなんでしょう。

 

上記で挙げたのは「ニック式英会話」

他に「サマー先生と英会話」、この女性の動画もわかりやすくていいです。

 

このお二人のチャンネル登録者はどちらも16万人を超えているので大勢から支持されていることがわかります。

 

もうひとつ例をあげると、canとその否定形can’t、ネイティブが言っているのを聞いても区別がつかない。なぜならcan’ttは発音しないから。

 だったらどうやって聞き分けるの?

 

この解説は「イムラン英会話」でやっていました。ちょっとクセのある英会話講師ですがおもしろい。 

11分程度の発音に特化した動画が役に立ちます。特徴はリアル発音記号を表示してくれているところ。



例えばあのハンバーガーチェーンMcDonald’s

日本人はマクドナルドと言いますが、リアル発音記号だとmcdanuLz

 


興味を持った方はYouTubeで「英会話」と検索するとたくさんのYouTube講師が出てきますので、その中から自分にあったものを探すのもいいですよ。

英語に限らず、他の外国語もあります。便利な世の中になったものです。

 

オリーブ通信の編集後記で、E先生のマダガスカル旅行中の現地ガイドさんはYouTubeだけで日本語を覚えた、と書いてありました。やっぱりYouTubeの影響は絶大ですね。

ばってんT村でした。


スリービルボード2019/12/07

 少し前ですが「スリービルボード」という、ストーリー展開がおもしろいアメリカ映画がありました。公開は2017年でアカデミー賞も取った作品です。

 

原題は「Three Billboards Outside Ebbing,Missouri

「ミズーリ州エビング郊外の3枚の看板」という題名ですが、舞台となるEbbing(エビング)は架空の田舎町です。

 

 

こんなあらすじです。

自分の娘がレイプされて殺されたが、7か月経っても犯人は捕まらない。

手がかりすらつかめない警察に不信感を抱いた母親のミルドレッドは、エビング郊外の道路沿いにある3枚の広告板を使用料金を払って借りることにした。

 

 そして、その3枚の広告板(スリービルボード)には

RAPED WHILE DYING       殺されながらレイプされた

AND STILL NO ARRESTS ?     なのに逮捕はまだ?

HOW COME,CHIEF WILLOUGHBY?  どうして? ウィロビー署長

とメッセージを書いたのでした。

 

 

ウィロビーと言うのはこの町の警察署長の名前です。責任者を名指ししちゃったわけです。

この看板の反響は大きく、小さな町のこと、広告主がミルドレッドであることは知れ渡ります。ミルドレッドに同情する者、ウィロビー署長に味方する者を巻き込み物語が進行していきます…

 

住民はこの看板のある道路を運転して通るたびにこの3つの文を見ることになるのですね。

 アメリカの道路沿いにはこのような広告看板(通常、企業の宣伝広告など)が立っていることがあり、大きな看板の視認性は抜群です。

 

話は少しずれますが、車社会のアメリカ、車を通じて見えるもの、体験できることがいくつもあります。

 

ずいぶん昔1990年代の初頭だったか、初めてアメリカへ出張で行き移動で自ら車を運転した時は「これがアメリカか」と感心したものです。

 高速道路は文字通りフリーウェイでタダなのでスムーズに走れますし、田舎道だと延々と一直線の道路が続いていて、まさにデカくてゆったりしたアメ車で走ると快適でした。

 

 車は右側通行なので最初は緊張します。右左折の時、左側車線に入りかけたことが何度もありヒヤリとしました。

 いっしょに出張に来た同乗者が「右、右!」ってその都度叫んで、それでハッと気づくのです。

 

 速度や距離表示はキロメートルでなくマイル(=1.6Km)なので、速度メーターが50を指していても実際は50mile/h=80Km/h

ガソリン計量も1ガロン(約3.8リットル)単位だし。当時、日本で1リットルの価格=おおよそ1ガロンの価格だったのでやはりガソリンが安い車社会だと思ったものでした。

 

ファストフードのドライブスルー、セルフのガソリンスタンド、車で乗り付ける広大なショッピングモールなど今でこそ日本でも普通に見られますが、初めて体験したのは出張先のアメリカでした。

LEAD(有鉛)、UNLEAD(無鉛)の意味もガソリンスタンドで初めて知りました。

 

 出張先は東海岸側の南部にあるノースカロライナ州だったのですが、偶然にも出張先の近くに知人(日本人女性がアメリカ人と結婚)が住んでいることが出張前にわかっていたので連絡を取って週末に泊りがけで遊びにも行きました。

 やはり家の中でも土足のままでいるのは違和感がありましたね。

 

家に置いているという護身用の銃も見せてもらいました(弾丸は抜いてもらって)。夫婦がお互い一丁ずづ持っていました。

 

日曜日には教会に連れて行ってもらったり、彼ら夫婦の知人が住むトレーラーハウス(車でけん引できる箱型になった住まい)へ行ったりとアメリカの田舎ならではの体験はいい思い出になりました。

アメリカも田舎だと、日本と同じように近所づきあいなど人間関係もよく似ているんですね。

 

ちなみにノースカロライナ州は、あのライト兄弟が飛行機を初めて飛ばしたところでもあります。

 

 さて、映画の方は物語が進むにつれ実際のウィロビー署長は町民から慕われる人格者であることがわかったり、一方やり過ぎた行動をとり続けるミルドレッドは徐々に孤立していったり、それと犯人捜しはいったいどうなるのかと、目が離せないストーリーです。

 

 興味を持った方は観られてはいかがでしょうか。ばってんT村でした。


赤ちゃんも努力している2019/11/23

 自分が幼児期にどうやって母語(例えば日本語)を覚え、話せるようになったかを記憶している人はいないでしょう。

 日本に生まれて日本語環境にいたのだから自然と日本語を話せるようになった、と多くの人は思っているのではないでしょうか。

 

 そうではなく、赤ちゃんの時期に努力して勉強したからだ、ということを書いてあるのがこの著書です。

 

 

 著者はさまざまな文献や研究者の実験結果、あるいは自らの研究や観察結果を基に各項目を書かれていますが、へぇと思うようなことも書いてあります。

 


赤ちゃんは単語らしきものを発するのに1年、簡単な文が言えるようになるまでさらに1年、身近な人と意思疎通ができるようになるのにさらに1年と言われています。

つまり最低3年を要するわけですね。(個人差あり)

 

それも先生や教科書なしの独力でやらなければならないのです。

母親が単語などを教えているじゃないの、と言われるかもしれませんが、これも案外通じていない、と書いています。


赤ちゃんに単語を教えるのに母親がものを指さしてその名前を言って教える、という方法は一般的ですが、これは「指をさした先にあるものの名前を今から言う」という決め事がわかっていれば通用するのであって、そもそも赤ちゃんは指さしの意味がわからないのです。

 

それ以前に赤ちゃんはものに名前がある、ということがまずわかっていません。このようなエピソードが書いてあります。

ヘレン・ケラーは1歳半ごろの時に視覚と聴覚を同時に失いました。その後、サリバン先生の教育を受けるわけですが、手に水をかけられ、「water」というつづりを手のひらに書かれた時に初めてヘレン・ケラーはものに名前があることを知ったというのです。

 

 そして赤ちゃんは、連続した音としか聞こえない大人の発することばから単語の区切り、単語の種類を識別するという作業をしなければなりません。赤ちゃんにとってはこれがたいへんな作業らしいです。

 誰も、これは助詞、これは名詞とは説明してくれません。

 

ただ、これは我々おとなでもたいへんさがちょっと想像できます。

未知の外国語(例えばスワヒリ語でもタガログ語でもいいでしょう)、誰にも教わらずこれを相当聞いてもわかるようになるでしょうか?単語の区切りすらわからないはずです。

 

 一方、そうなのかと思うような検証結果も載っています。

15か月くらいになると赤ちゃんでも助詞を聞き取れるようになり、「誰か来た」というように助詞を省略しても意味が通じる、ということまで理解するそうです。

 

ここらへんの章がおもしろい。 


 母語以外の外国語の習得についても書かれてあり、幼児から英語教育を始めることには賛否両論あるが著者は必ずしも効果があるとは言えない、母語の発達が遅れる可能性もある、と言っています。

 

最近こんなことがありました。

コンビニの駐車場で休憩していたとき、近くにいた女子中学生らしき2人の会話が聞こえてきました。


どうも英語の授業が話題のようで、一人が「教科書にgirlって書いてあるけど、先生の発音ガールって聞こえへん。○○○って言ってた」

「外人やもんな。本当はああ言うんやろな」

…というような内容でした。

(ネイティブ発音なので○○○部分はカタカナ日本語で表現できず)

 

最近はネイティブの先生が中高で英語を教えているので、生の英語を聞くことができてそういう面では恵まれています。これで英語に興味を持つ学生も増えているのではないでしょうか。

また、市販の教材や、YouTubeでも映画を題材にした聞き取り勉強の動画があったりして生の英語に触れる機会は今や探せばたくさんあります。

 

学生や我々おとなが外国語を勉強するとしたら動機は好きだからか、必要に迫られてかのどちらかでしょうが、楽しくないと身に付かないと思います。

 

要するに母語も外国語どちらにしても、言語習得の道のりはとても険しい、ということなのですね。

 

相手は赤ちゃんではありませんが、外国人に日本語を教える我々にも教える方法などについてちょっとした参考になると思います。

興味ある方はご一読ください(私は図書館から借りて読みました)

ばってんT村でした。


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