日本と親日国 ― 2020/01/18
世界に親日国(地域)はいくつもあります。
雑誌や調査データ、旅行ライターの体験談など複数の中から、ほぼ出てくるのが台湾、タイ、インドネシア、インド、トルコなどです。
アニメや日本文化に接して好きになった、というような理由以前に歴史的に親日になった国家があるのです。
特にトルコとの間には次のような実話があります。さまざまなテレビ番組でもとりあげられているのでけっこう知られていると思います。映画化もされました。
「エルトゥールル号遭難事件」がきっかけでした。
明治時代の1890年、親善使節団を乗せたトルコ軍艦エルトゥールル号が帰路、和歌山県串本沖で台風によって遭難、座礁してしまいます。
串本村の村民たちは乗組員を救助し死亡した乗組員を丁重に弔い、生き残った乗組員には貴重な食糧を提供し手厚い看病をしました。
そして日本政府は2隻の軍艦で生存者をトルコのイスタンブールに送り届けたのでした。
さてそれから95年後、トルコが恩返しをしてくれます。
1985年、イラン・イラク戦争の最中のことです。当時のイラクのフセイン大統領がある日時からイラン上空を飛ぶ航空機はすべて撃墜する、と布告しました。
その時点で退去できずにイランに残っている日本人がまだ200人以上いましたが、日本の自衛隊機、民間航空会社機とも紛争地には飛行機が出せずタイムリミットが迫ったままテヘランの空港に取り残されていました。
万事休すと思われたその時、なんとそこにトルコ航空機2機が飛来してきて、日本人を救出したのです。タイムリミットまで2時間を切っていたとのことです。
救援機は日本政府がトルコに要請したのですが、のちに駐日トルコ大使が産経新聞に次のような発言を寄稿しています。
『エルトゥールル号の事故に際して日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生の頃、歴史教科書で学びました。トルコでは子どもたちでさえ、エルトゥールル号の事を知っています。今の日本人が知らないだけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです』
このトルコ航空機を操縦したパイロットは自ら志願して飛んだそうです。
ツーリズムEXPOジャパン大阪会場にて
トルコ航空CAさん(エキゾチックです)と(右端の長友選手は二次元ね)
変わって台湾です。
この方の名前も憶えておきましょう。台湾で尊敬される日本人の一人、八田與一(はったよいち)
日本統治時代に、八田が設計し台南に建てた烏山頭ダム。1930年の完成当時、東洋一の規模でした。このダムによる灌漑設備により不毛の大地だったダム周辺は台湾最大の穀倉地帯になったのです。台湾の教科書に載るくらい尊敬されているお人です。
こちらはご存知の方も多いでしょう。
第二次大戦中、リトアニアの領事館に赴任していた杉原千畝(すぎはらちうね)。ドイツの迫害から逃れてきた難民(主にユダヤ人)に大量の通過ビザを発給して救ったことで知られています。外務省の注意に背いてビザ受給資格のない人々にまで発行し続けたとのことです。
このように日本、あるいは日本人に感謝している親日国家が世界中にあるということ、当事者の日本人として知っておくとよいのではないでしょうか。
次回は話題に挙げたトルコのイスタンブールについて書いてみます。
ばってんT村でした。
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